2015年2月25日水曜日

バイリンガル的な脳。


なぜ 私たち日本人は外国語を話せないか、、、やっとわかりました。


私においては英語やチェコ語が話せないのは、よくわかっています。小さいころからの自分をよく知っているので、まあ一回死なない限りはまあ、無理だろうな 笑 思ってます。

でもチェコでの日本の友人はほぼみなさん英語は話せます。私からみると超頭のいい人ばかりです。でもチェコ語となるとほとんど話せません。みんな危機感をもってやらなきゃね、といいながらもやっぱり上達しません。
でも日本の私の町に住むブラジルの人は普通にめっちゃ日本語で話しています、、、私たちはその国に住んでしまえば、、、もしくは住みつつ勉強までしてしまえば、当然話せるようになるって思ってます。私も過去に思っていました。でも、日本人だからこそ海外の人たちと同じように外国に住んだからって話せるわけがないのです(多分)
脳が違うと思うのです。
決して日本人は他の国の人より怠けてたり、知能が低いわけではないのに、、、なぜ話せないのか。こんなに外国語が必要とする環境にいてもなお!ほんと前からずっと不思議で不思議で考えていたのです。(ばかでしょ)
いろいろ説はあると思うのですが、私からするとまだまだやわい。。。
私が思うに、
大陸の人の脳はすでにバイリンガルなのではないかと思うのです。それにプラスしてDNAもバイリンガル的なものを受け継いでいる。
日本人も当然中国、韓国とかでまじっているはずですが、ヨーロッパの混じりぐあいとは比にならないです。でやっぱり日本は島国で先祖どれだけたどっていっても死ぬほど前までさかのぼらなきゃわからないほど、純日本人。

バイリンガルの脳はすでに語学が習得できやすいそうです。二つの言語以外にもっと勉強しようものならどんどん他の言語も習得できるそう。
アレッシュの親戚のおじいちゃんも7か国語くらいいけるすごい人だけど、やっぱりそういう脳です。アレッシュの英語もただ高校で普通にならっただけって言ってました。ぜったいアレッシュもバイリンガル的な脳だと思います。


最初のチェコ留学で出会った二人の友人が唯一英語もチェコ語も話せます。もちろん1年しっかり語学学校に通い、普通のチェコの大学を突破し、卒業してるので、チェコ語の必要性は半端ないと思います。が私はそれだから習得できたのではないかと思います。

二人はあんまり英語は話せない状態でチェコに来て、英語とチェコ語を同時に学んでいます。そして彼女らは多分20歳そこそこだったはずです。
アレッシュがいうには25までの脳なら言語習得がまだいけるらしいです。

日本人で英語が話せる人はバイリンガル的な脳がない中、自分の力のみで?勉強し、話せるようになった人たちばかりだと思います。ほんとがんばってるって思います 本当に。だからもうそれだけでいっぱいいっぱいで次の新しい外国語なんてはいるか?って思います。

私のように英語を話さずチェコ語のみで暮らしていくときれいに英語を忘れていきます。簡単な単語もでてこないしまつです 涙 でもバイリンガル的な脳の人たちは英語を忘れずにしてチェコ語を話したり、勉強したりできるのです。


犬でも本当に一番賢いのは混血だとアレッシュが言っていました。
??おや??そうなると日本人は他の国に比べて賢くないってことになります。
いやいやこんなに混血でない日本なのにびっくりするくらい世界において成績がいいではないかと?!逆にびっくり、全部努力?。


とそんなこと考えてる暇があったら勉強しろって思いますよね。
あーめんどくせ



















2015年2月21日土曜日

深海魚 IN名古屋港水族館

チェコはこのまま春になってくれればという天気です。どうか天気予報があたりますように


いざ木を彫ろうと計画してみましたが、そういえば無理だったわね、
じゃあ、粘土。といってもやっぱり80パーセント無理かも。
なんか彫刻とは違うアートプロジェクトの続きを練ってみたりして、案外いいやんって思っても、
でもそれが実現するにはアレッシュの協力が不可欠で、、、となるといつになるのかと思ったりして、、、、
今は辛抱強くアイデアを練る時期なのでしょうね。
わかっていながら   。

2015年2月19日木曜日


昨日は近所のソニャが子供のドミを連れて遊びに来てくれました。
彼女の旦那さんは大学で物理を教えてる先生です。その関係で来月から5月まで家族でイギリスに行くそうです。短い期間で引っ越しってほどはないし、でも旅というには長すぎる。。。楽しみでもあるけど、10か月の子を連れては猛烈に大変そうです。
日本の友人ももうじき日本に2か月ほど帰ります。その後別の友人がなんと半年ほど帰るそうです。子供が小さいうちは私も年に一度は帰るようにしようと思ってます。
でもいつかは帰らなくなるんだろうな と それともやっぱり帰るのかなとか 想像してみる
ふーーーん、と別にどうでもいいことだけど このことを想像する頻度は高いです。



2015年2月13日金曜日

バイリンガルの脳。




バイリンガルについていろいろと調べてみたら。。。
なんと!生後6か月から10か月の間にネイティブで二か国語を聞いて暮らすことによって、脳が変化する、、、という研究があるみたいです。

読んでちょっとショックでした。もうだめかもと、、遅かったか、、、という気分です。
そんな重要な時期があったとは知らず、もう10か月。
まあ研究結果だけではないはずと信じて、日本語を話しかけていかなかればと思ってますが、ひとりごとのような赤ちゃんとの話はわりと続かないです 
何かしら脳が受け取ってくれてたらほんとうれしい 祈るばかり

でもうれしいことが書いてありました。バイリンガルの人は他の人より痴呆が発症してもそれが遅いそうです。そしてバイリンガルでなくても歳をとってから外国語を学んだ人も同じ効果がでるとのこと!?    それはまさしく私!! ぜんぜん話せないし、一生涯片言チェコ語だけどいいこともありそうで、ほんといい研究をしてくれた方がに感謝 笑


さて昨日はコンセプトについてアレッシュといろいろ話をしました。まず、私の日本語のコンセプトをつたないチェコ語でアレッシュに説明して、アレッシュに意見をもらいました。

あーーーーーそれにしても、、、もうぜんぶ曖昧。伝えるのも、受け取るのも全部曖昧。なんにもわからんって感じです 笑泣
今からとりあえず直してみます

2015年2月12日木曜日

コンペへの姿勢


昨日外国人警察で永住権のような重要な証明を取りに行く予約を忘れていたことに今日の朝気づきました。
予約をすっぽかした方は二度と予約は入れられないと書いてありました。そうなると。。。。何また10時間待ちとか??!!

ぞっとして再度予約を入れたところ、あやまっただけでなんとか次の予約をいれることができました。こういう時はほんとチェコのゆるさに感謝です。




さてやれることをやるっということで
私も今一応コンペに応募するためにコンセプトをやってます。
いつもながらこれでいいのか、毎回選外ということはこれではいけないのか。。と悩みます。
入選作品のコンセプトを読んで、方向が間違わないようにはしているつもりですが、、難しいです。人によってはすっごいかっこいい、哲学っていうのもあれば、超気楽な楽しいイエイ!みたいなのもあり、、
一生懸命熱いコンセプトを書いて落とされると、次は
軽いのでいこうと思うものですよね
ただのアートみたいなお祭りだ って


その点うちのアレッシュはすごい割り切りです。
どのコンペも応募段階で時間をかけない!できるだけさっさと考えて、作る。
どうせ落ちるのだから時間やお金を使うのはばからしいとのこと。
その考え方新鮮って思いました。

私だったら長く時間をかけて一応とことん練って、、、、って感じです。それで落ちてるからほんと目もあてられない 笑
















2015年2月8日日曜日

いい流れ。


 日本から帰ってから、なぜかいつもより多めに友人や知り合いが連絡をくれています。
なんか今年はいいことがありそう?というくらい私と関わろうとしてくれる人がいつもより多いです。
いつもが少なすぎるのかとも思いますが 笑

その流れからか作品展示のいい依頼がありました。とにかくおもしろそう、、、


写真は名古屋港水族館。
今度は二見シーパラダイスに行きたいな。






2015年2月4日水曜日

除夜の鐘 子安観音 2015


環境の変化になじめなかったのか、滞在中は夜泣きがひどく 私は毎日寝不足でした。
チェコに戻るとまたなにごともなかったように夜しっかり寝るようになりました。
1か月もいたのに最後までなれなかったのかな??とそれも不思議です。
古い木造建築なので誰か歩けばミシミシ、風はふけばキシキシとうるさかったからかな。

さて今までなんとか細々と制作を続けてきましたが、ついに、、、ついにできなくなってきました。

できることを考えて、でも今の大事な時期を楽しみたいとも思います。

写真は31日に鐘をつきに行った子安観音。
1時間ならんで、あと1時間以上またなければいけないことが予想され、途中で帰りました 恥
こんな1年にならないことを祈るばかりです。

2015年2月2日月曜日

日本の青年。


チェコから日本行き
ヨーロッパの飛行機会社のサービスや笑顔の少なさにしょんぼりしながらも、ヨーロッパ人の
紳士な振る舞いに助けられ、
日本の飛行機会社の120パーセントのサービスに救われながらも、日本人にはジェントルマンがいないのかと、、泣きそうになりました。
長い道のりで会社や人の変化をみて、、、9キロの重さが身に染みました。遠さが3倍。

日本に帰る時にヘルシンキで手荷物のコントロールがありました。
定年世代の男性には私のお願いも何を手伝っていいのかしばらくわからない様子。
となりの奥様が気づいて荷物を一緒に上げてくれました。

その後後ろにいた別の若い日本人男性が!持ちますよってうちの9キロの子をひょいっともって手伝ってくれました。その後も何かあったら手伝いますよって。。。!
その堂々とした態度。
うちの息子をこんな青年に育てなければと思いました。
お礼はほんの一言 ありがとうございました 
でも100倍もっとうれしかったです。
きっと海外生活長い日本人青年だな、、、と勝手な推測。

ただいま いってきます。


ただいま 

行ってきます。


冬の太陽をしっかりあびた日本滞在になりました。
さて今日からまた本当の生活です。